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​第4章 アルコール依存症の治療と回復

① アルコール依存症の治療

病院ではどのような治療をしているのでしょうか?

残念ながら、なにか薬を飲めばピタリとお酒が止まるような、そんな治療法はありません。さまざまな方法を組み合わせて治療を行っていきます。また、この病気は「医師に治してもらう」というものではありません。病気なのになぜ?と思われるかもしれませんが、医師や看護師、心理士、ソーシャルワーカー、作業療法士などは、あくまで回復の伴走者です。助けになる薬を出したり、断酒に有効な方法をお伝えすることはできますが、それをやるのは本人なのです。回復の道のりを走る本人を、医療者、家族はチームで一体となって応援します。

マラソンランナー

​治療の流れ

① 病気であることを受け入れる

自分が「アルコール依存症」という病気である、ということを理解し、受容することがスタートです。

そのために、病院では教育プログラムが行われます。

最初は他人事のように聞いていたり、自分は当てはまらないからやはり病気ではない、と確信を深めたりするものです。

​しかし、プログラムを継続して受けること、他の患者の体験を聞くことで、少しずつ否認が薄れ、当てはまる部分があることを自覚できるようになっていきます。過去の自分の飲酒行動を振り返り、病的な探索・摂取行動があったことに気づく、ということが必要です。

② 病気の特徴を知る

ここで大切なのは、生涯、「飲酒欲求は消えない」「節酒はできない」という、この病気の特徴を知ることです。

これも教育プログラムの中で学んでいきます。入院した場合などには嘘のように飲酒欲求が消え、まるで治ってしまったかのように思うものです。飲めない環境に置かれることで、飲酒欲求が収まるのです。しかしこれは一時的なもので、退院してからが本番ですから、退院後の飲酒欲求に備えておくことが必要になります。ここで「もう飲みたいと思わないから大丈夫」と言う方も少なくないのですが、これも一種の否認です。

また、なんとか節酒でやれないか、と最初は願うものですが、これは100%不可能ではないとしても、上手に飲みながら生活するということはほぼ無理だということを知ることも大事です。成功の可能性の極めて低い方法にトライすることで失うものの大きさを考えたら、確率の高い方法を取ることが重要です。

③ 断酒のための分析と対策

アルコール依存症はリスクマネジメントをしていく病気です。

過去の飲酒行動を振り返り、分析し、今後の対策を立てます。これは一人一人違いますから、人の体験や対策を参考にしつつ、自分独自のものを作っていくことが必要です。これは自分にしかできません。

​どんなときにお酒を飲みたくなるのか、危険な場所・感情・人・時間はなにか、飲酒欲求が出たときにすぐにとれる行動はなにか、など、プランを立てていきます。これは一人でやるのではなく、グループで行うと効果的です。

鳥

​それでは、医療機関では具体的にどのような治療をしているのか見ていきましょう。

入院治療

(ある病院の例・病院や患者の状態によって異なります)

Ⅰ期~Ⅲ期までを12週間かけて行います。

Ⅰ期(身体管理)

離脱症状と身体的治療の時期。(離脱症状をやわらげたり、不足しているビタミンを補う点滴などを使用しながら身体管理を行います)

断酒に向けての動機づけ。

院内の教育プログラムへの参加。(教育プログラムでは、アルコール依存症の医学的知識や依存症者の心理、家族への影響などを一通り座学で学びます)

AAメッセージに参加。(お酒をやめているAAのメンバーが病院に訪問してくれます)

​患者ミーティングに参加。(テーマに沿って一人ずつ話をします。自助グループのように「言いっぱなし、聞きっぱなし」がルール。看護師など職員も入ります)

​基本的に外出は禁止。院内で過ごす。

Ⅱ期(教育と外出練習)

病気の理解と飲まないための対策をプログラムを通して考える時期。

昼の自助グループ(断酒会、AA)へ参加のため外出。

外出にあたり、抗酒剤の服用をはじめる。

Ⅲ期(飲酒対策と外泊練習)

退院後に再飲酒しないための対策をプログラムを通して立てる時期。

夜の自助グループへの参加。

自宅への外泊もはじめる。

​ある患者さんの1週間

月曜日

​教育プログラム

​AAに参加のため外出

火曜日

作業療法

​AAに参加のため外出

水曜日

​認知行動療法プログラム

​作業療法

木曜日

​患者ミーティング

​AAに参加のため外出

金曜日

​教育プログラム

​断酒会に参加のため外出

土曜日

​1泊2日の外泊へ

日曜日

​AAメッセージ

教育プログラムでは、精神科医師、看護師、心理士、ソーシャルワーカーなどが講義を行います。

作業療法では、ものづくり、体力づくり、音楽療法、アートセラピーなど、さまざまなことが行われます。

認知行動療法では、飲酒行動を振り返り、再飲酒防止に向けた対策を立てます。

1週間に1回は主治医による診察が行われます。

​この他、担当看護師や担当ソーシャルワーカーの面接や、必要に応じて心理検査なども行われます。

病院にはこの他、栄養士、薬剤師などのスタッフもいるので、必要に応じて相談ができます。

​この間、ご家族は病院の「家族教室」に参加することが必要です。本人が勉強していることを、家族も同じように知っておかないと、主治医との話し合いのときに理解することができません。また、本人だけが治療を受けても、家族がなにも変わっていない環境に戻ると、再飲酒しやすいと言われています。

外来治療

まずは外来から始めたい、という方もおられるでしょう。

​このとき、必ずアルコール依存症を専門的に治療できるクリニックに行くことが大切です。アルコール依存症はどこのメンタルクリニック、精神科、心療内科でも診られるという病気ではありません。必ず専門医を訪ねるようにしましょう。

外来では定期的な診察(精神療法)のほかに、薬物療法、グループプログラムも行われます。

また、家族教室も開かれている場合も多くありますので、ご家族はぜひそちらへご参加ください。

​減酒治療について

 

2019年に、国内初の飲酒量低減薬「セリンクロ錠」の販売が開始されました。アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドラインでは、原則的には最終的な治療目標は「断酒の達成とその継続」とされており、減酒治療は断酒に導くための中間的ステップあるいは治療目標の1つとして位置づけられます。減酒という選択肢が増えたことで、治療の門戸が広がり、お酒に関する悩みを抱える人が一人でも多く、治療につながることが期待されます。

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